というミーティングが始まっています。
これまでアルクトメンバーへの呼び掛けから始まり、三回のミーティングがありました。
「自分は出前をしていけたら…」。「これまでを振り返って、この活動を続けて行きたい」。
「窓口、ネットワークとして残っていって欲しい…」など、それぞれが改めて、これまでの
二年を振り返る機会にもなっています。
興味のあるどなたでも、ミーティングに参加できます。
今、決まっているミーティング日時は、
1月28日(月)19:00〜
30日(水)19:00〜
ともに、卸町の、せんだい演劇工房10‐BOX アルクト事務局オープンスペース
で行います。
また、これまでのミーティングの議事録がアップされているページもあります。
FB(フェイスブック)ページで、こちらもどなたでも参加出来ます。
現在三回目の前半部分までの議事録を確認することが出来ます。
震災後、活動してきた中で新ためて気づいたこと、そのニーズ…を、確認し、
話し、この地に必要な活動を続けて行きたいと思っています。
ミーティングは始まったばかりです、たくさんの方の参加をお待ちしています。
また、FBページの議事録も読んで見てください。
よろしくお願いします。
白鳥英一
2013年1月28日月曜日
2013年1月23日水曜日
1/16/2013 せんだい若者サポートステーション出前
せんだい若者サポートステーション(以下サポステ)の
「体も心もやわらかく ストレッチ&ダンス」の報告です。
ARC>Tからは、私矢野と、瀬川まーちさん、小濱昭博さん、
事務局タムラミキさんが参加。
サポステからはスタッフ矢崎さんと若者の参加者は5人でした。
今回からダンスは新曲。
at lastということで、白鳥の湖の「四羽の白鳥」です。
初参加の方も毎回いらっしゃるので初心者でも出来るようテンポも倍で、
ステップも少なくしました。
今日は始め1/3くらい エシャッペのところまで。
ヘパリーゼのCMでみていた方もいたようで
「簡単そうだと思ったけど、やってみると難しい」という声もありました。
あと2回のWSで最後は手をつないで通してみたいものです。
前回からやっている「みつめるワーク」では、
小濱さんとタムラさんが演劇WSでやったことがあるということなので
どのようにやったのか聞いてみました。
能動的に見つめる人と受動的に見つめる人のペア
立場を交代してやってみて
どのように感じたか、何か変化があったか話しあうそうです。
このワークもアシスタントの提案により深まってきています。
ARC>Tならではで、ありがたいことです。
体は離れていても、アイコンタクトがあるということは
とても強いつながりが感じられますね。
昔、ダンスは協調性やマナーを養うために発達してきたのだとか。
文部科学省でも新年度からダンス教育が重視されてきました。
何も考えなしで行動しているのも困りものですが、
時には考えすぎないで体を動かしてみよう。
何かが始まるかも、何かが解決するかも。
矢野文子(ヤノバレエスタジオ&アーツ)
2013年1月10日木曜日
約1年と10ヶ月を経て
私の中のARC>Tは震災と共にありました。
私は震災で5人の家族を亡くして、亡くなった家族の残された部屋を
片付けながら、「舞台人会議」のUstreamを見て、
このままではだめだな、と思い
4月にまだ家族もみつかっていないのに会議に出てしまいました。
何かしなくてはと集まったときに私も力になりたいと思ったのです。
そうやって何らかで関わることは自分のためになりました。
何もしないでいたらだめになる、というのと
家が沿岸部で家族を亡くした者として、
この震災時に何かをするために発足した集合体の
視点になりたいとも思いました。
それが始まりです。
昨年から三ヶ月くらい来年度に向けての話し合いをしています。
ARC>Tは発足当時活動を二年は行うとしてきました。
ニーズを受けて活動するとしながら、町とともに変容するニーズや
仙台で被災しながら活動しているアーティストの生活状況の変容と
共にあり、2011年の4月に2013年の今の姿は予測できなかったことでしょう。
設立二年は活動するとして、来年度のことを話し合っている今、
私感では、
表向きの見え方と自然溶解もあり得る組織の性質と内部の事情と
分離している状況だと思っています。
私に見えているARC>Tも一部です。
ニーズの変容と
この二年でいろんな形を見せたARC>Tで
いろんな形でメンバーになった方々と
個々の風化もふまえて、
このARC>Tという震災後の現象が
この土地にどのような礎を築いたか。
この震災で顕在化した日常のニーズがあります。
また、この震災で表現者たちは
この土地について、この土地における表現活動について
学校や子どもたちや障がい者や高齢者や自分の家族について
向き合い、考える時間を得ました。
この現象がもたらした問いや活動は発展し、途上にあります。
私も少し第三者の目をもって、検証し、しかと考えたいと思います。
ということで、(というつながりはおかしかもしれませんが)
私は昨年末をもってARC>T事務局を退局させていただきました。
約一年と10ヶ月お世話になりました。
ありがとうございます。
志半ばではないのか、と言われることもあるかもしれません。
変容なのか風化なのか自然溶解の一つなのか。
ただ、私は戻らないものを持っています。
戻らないものを持ちながら、震災から立ち上がる姿を見ることができます。
私はこれからその目を大事にしていきたいと思います。
川村智美
私は震災で5人の家族を亡くして、亡くなった家族の残された部屋を
片付けながら、「舞台人会議」のUstreamを見て、
このままではだめだな、と思い
4月にまだ家族もみつかっていないのに会議に出てしまいました。
何かしなくてはと集まったときに私も力になりたいと思ったのです。
そうやって何らかで関わることは自分のためになりました。
何もしないでいたらだめになる、というのと
家が沿岸部で家族を亡くした者として、
この震災時に何かをするために発足した集合体の
視点になりたいとも思いました。
それが始まりです。
昨年から三ヶ月くらい来年度に向けての話し合いをしています。
ARC>Tは発足当時活動を二年は行うとしてきました。
ニーズを受けて活動するとしながら、町とともに変容するニーズや
仙台で被災しながら活動しているアーティストの生活状況の変容と
共にあり、2011年の4月に2013年の今の姿は予測できなかったことでしょう。
設立二年は活動するとして、来年度のことを話し合っている今、
私感では、
表向きの見え方と自然溶解もあり得る組織の性質と内部の事情と
分離している状況だと思っています。
私に見えているARC>Tも一部です。
ニーズの変容と
この二年でいろんな形を見せたARC>Tで
いろんな形でメンバーになった方々と
個々の風化もふまえて、
このARC>Tという震災後の現象が
この土地にどのような礎を築いたか。
この震災で顕在化した日常のニーズがあります。
また、この震災で表現者たちは
この土地について、この土地における表現活動について
学校や子どもたちや障がい者や高齢者や自分の家族について
向き合い、考える時間を得ました。
この現象がもたらした問いや活動は発展し、途上にあります。
私も少し第三者の目をもって、検証し、しかと考えたいと思います。
ということで、(というつながりはおかしかもしれませんが)
私は昨年末をもってARC>T事務局を退局させていただきました。
約一年と10ヶ月お世話になりました。
ありがとうございます。
志半ばではないのか、と言われることもあるかもしれません。
変容なのか風化なのか自然溶解の一つなのか。
ただ、私は戻らないものを持っています。
戻らないものを持ちながら、震災から立ち上がる姿を見ることができます。
私はこれからその目を大事にしていきたいと思います。
川村智美
2012年12月21日金曜日
12/13 せんだい若者サポートステーション出前
12月の体も心もやわらかくストレッチ&ダンスのWSは
ARCTから、矢野、瀬川まーちさん、事務局原西さん
サポステスタッフ1名、わかものの参加者は6名でした。
前回と同様の自己紹介、ストレッチ、バレエ基礎、ロシアの踊りに加え、
「みつめるワーク」をまーちさんの提案でやってみました。
前々からやりたいと思っていたワークですが、
ワークの意図をくみ取っていただくにはまだ無理があるかなあと
保留にしていたワークでした。
みつめるワークは、
一定間隔をおいて立った二人が1〜2分みつめる
その間許されているのは、
「あ」と発語することと
前または後ろに一歩ずつ動くこと
私がARCTに登録して間もなくの頃、
仮設住宅の相談員=絆支援の方々対象の講習会にARCTが呼ばれ、
その座学の合間に演劇的、ダンス的双方からのアプローチで
体ほぐしのお手伝いをするというWSがありました。
ダンスからは土屋悠太郎さん、
演劇からは生田恵さんがチーフで、ダンス部は私とまーちさんも加わり実施しました。
私はこのワークを初めてやった時は緊張感に耐えられなかったのか笑ってしまいました。
今回は3回目で集中できましたが、
参加者の中には同じように笑ってしまう人もいました。
原西さんにも加わっていただき、
彼はとても眼力の強い役者さんと私は思っていますが
彼とペアになったKさんは
しっかりと受け止めてくれたと原西さんは満足そうでした。
次回もやってみようと思います。
若者サポートステーションの皆さんは
これから就職で面接をうけなくてはいけない方々。
このワークで自信をつけて、どんどん面接に挑んでいってほしいですね。
ヤノバレエスタジオ&アーツ
矢野文子
2012年12月14日金曜日
文化庁派遣事業「三年寝太郎」11月28日湯元小学校
11月28日、湯元小学校に「三年寝太郎」の劇を上演してきました。 全校児童 90名に近くの保育所年長 20名と先生方で約120名の観客でした。 チャンスがあっても芸術家たちと日程があわなかったり、児童数が少ないので、予算の関係で演劇をみせることが出来なかったそうです。 学芸会の前に観ることが出来たら、なお子どもたちの刺激になったと思いますって、学校で上演後よく言われます。 ここの学芸会も演劇が多く、子どもたちは、スタッフも手伝ったりと大活躍するそうです。 こどもたちは最初から、釘付けになって観ていました。 特に低学年からは大反響の声。 鬼のシーンでこどもたちの近くにいったのも大喜びでした。 役者たちの大きな生声や演技にも感動していたようです。 上演後は、帰宅しようとする子どもたちが近づいてきては挨拶していきます。 寝太郎はサインをねだられていました。 「また演劇を観せたい」と担当の先生がおっしゃっていました。私たちも同感でした。 寝太郎 永澤真美 あや 青柳奈美 平作・ムカデ かと れあ 天下さま 大久保遊人 黒子 長保めいみ 黒子 上島奈津子 作曲 大久保雅基 音響・照明 本田椋 事務局 タムラミキ 記 かと れあ |
文化庁派遣「三年寝太郎」11月20日 気仙沼鹿折小学校
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全校生徒260名と先生方が観客です。
とても広い体育館でした。
ここは学芸会も演劇中心だそうです。学芸会を観に来る地域の人たちも劇が大好きです。
あまりライブは来ませんでしたが、震災後は機会が増えたそうです。が、演劇は初めてだったそうです。
布をつかったわりとシンプルな舞台ですが、役者の迫力に大いに笑って受けていました。
子どもたちとのやり取りも元気よく、
ムカデへのリクエストは「バクテン」「トイレ」「お風呂」.
上演後、役者たちは体育館の出口付近で、こどもたちと握手しながら、お見送りしました。
低学年は、人なつこく、高学年は、はにかみながらもこたえていました。
学校にいる時は楽しく笑っていても、仮設でしょんぼりしているこどもたちの心を憂う校長先生のお話がいつまでも私たちの胸に残っています。
寝太郎 永澤真美
あや 青柳奈美
平作・ムカデ かと れあ
天下さま 大久保遊人
黒子 長保めいみ
黒子 上島奈津子
作曲 大久保雅基
音響・照明 本田椋
事務局 高橋綾
記 かと れあ
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文化庁派遣事業「三年寝太郎」11月13日 あつぷる保育園
11月13日、あっぷる保育園で、演劇「三年寝太郎」を上演しました。 保育園児、近くのマザーグース保育園児、先生方が入って130人ほどの観客でした。 演者が子どもたちに話しかけると、元気良い返事が返ってきます。 寝てばかりいる寝太郎に親近感を覚え、初めは長者の娘に声援「カワイイという子どもからの声」を送っていたのが、だんだん寝太郎のファンになっていきました。 女性の寝太郎はソフトな印象をあたえ、園児と演者たちとの間に一体感が生まれていましたね、という感想をいただきました。 金のムカデには「虫かあ」と興味津々の様子でした。 可愛い子どもたちとのふれあい「楽しかったよ。また来てね〜」 寝太郎 永澤真美 あや 青柳奈美 平作・ムカデ 熊谷海美 天下さま 大久保遊人 黒子 かと れあ 黒子 長保めいみ 作曲 大久保雅基 音響 本田椋 事務局 山澤和幸 記 かと れあ |
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